他人ごと、自分ごと

3月の日曜、「がんになる前に知っておくこと」という映画を見に行った。見知ったドクターが複数出演しているし、ごぶさたしている知人と監督のトークショーもあったからだ。

◆見る側が考える映画

乳がん検診で「しこりがある」と言われた若手女優、鳴神綾香さん。がんの疑いは晴れたものの、そのときに感じた不安、自分ががんについて何も知らなかったことへの気づきから、がんについて一から知るために、がんの医療や情報発信に携わる医師、相談支援に当たる看護師、がん経験者など15人を尋ねる。

がんをテーマにした映画やドラマにありがちなドラマチックさは全くなく、鳴神さんが率直な会話を重ねていく様子から、見る側がその立場によってあれこれ考えさせられる作品だ。

最初に若尾文彦さん(国立がん研究センター・がん対策情報センター長)に「がん情報サービス」や「がんの標準治療」の話を聞き、次いで勝俣範之さん(日本医科大学武蔵小杉病院・腫瘍内科教授)に「がんの専門医は外科以外に、抗がん剤に精通した腫瘍内科医がいること」や「がん=死は30年くらい前のイメージであり、今はがんと共存できる時代であること」を教えてもらうあたりは、啓発映画の趣だった。

しかし、山内英子さん(聖路加国際病院副院長・ブレストセンター長・乳腺外科部長)から、「その人らしい治療を選んでいくことの大切さ」と聞くあたりから、患者の価値観にも焦点が当たり始める。小さいお子さんと心置きなくお風呂に入りたい、高齢者だがダンスが生きがいだからぴったりしたドレスを楽しみたい・・・そんな気持ちがありながら「患者らしさ」や「標準治療」に縛られて我慢していた人たちの本心を聞き出し、治療につなげたエピソードが語られる。

相談支援で印象的だったのは、秋山正子さん(認定NPO法人マギーズ東京共同代表理事・センター長)らの活動だ。病院でも自宅でもない「第二の居場所」をめざす「マギーズ東京」は、寄付や協力で運営されている。小さな庭、採光、ゆったりしたソファ、クッションなどの暗くも派手でもない落ち着く色使い、家庭的なキッチンなど、実に心地よさそうな空間である。がんになった人、その家族・友人など「がんに影響を受けるすべての人」が予約なしに無料で利用できる。

最初はただ来て座っているだけでもよい。本人が話をしたい、相談したという気持ちになったら、看護師や心理士が話を聞く。再発した、薬の効果がなくなったなど、病院でバッドニュースを聞き、「心がズシンと重くなって受け止めきれないときに、自分の心を整理してから家族に伝えたい」と立ち寄る人もいるという。

◆「自分ごと」になったとき人は動く

唐澤久美子さん(東京女子医科大学放射線腫瘍科教授)は、身内にがんになった人が多く、がん治療医を志した。入浴中の触診で自ら乳がんのしこりを発見したときも、「ああ、予定通りだなと思い、動揺はなかった」と語る。それまでは専門医としての長年の経験から、治療への反応や進行具合、患者の心理はだいぶ分かっていたつもりだったが、「自分は元気で、相手は患者さんだからって、ちょっと控えめに、遠慮してた」。でも仲間になったので、非常に早期のがんなのに過剰な不安を抱いている人に「その心配は間違っている」など、はっきりと言えるようになった。こういう医師が第一線で活躍していること自体が、患者にとって心強い事実に違いない。

プロデューサーの上原拓治さんは、病気と無縁に見えた30代の義妹をがんで亡くし、自分が「がん」について何も知らないことに気づき、書店やネットで情報を調べた。しかし、「自分や身近な人ががんになったらそうすればいいか、何ができるか」との疑問に対する答えが見つからず、自ら制作するに至ったという。

監督の三宅流さんは、映画に収録しきれない会話も含め多くの人の考えを聞き、「医療の不確実性」つまり、100%効く治療はないグラデーションの中で、「がん患者らしく」ではなく「自分らしく」治療を選択することが、「自分がどう生きていくか」という根本的なテーマと密接に関わっていると感じたそうだ。

がんは日本人の死因第1位だが、自分や身近な人がどんな病に直面するかは予測し難い。玉石混交とはいえ確かな情報源も確保されている点で、がんは恵まれている。その他の様々な分野で、医療者やメディアの果たすべき役割は大きいと、改めて思う(玲)。

※この映画は、4月以降、大坂、京都、愛知でも上映される。

http://www.ganninarumaeni.com/

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