【読書子】AI抜きで語れない 『医の希望』の姿とは

 未来の医療を考えるとき、医療技術や薬の進歩などイノベーションと、人々が医療を受けられる社会システムづくりは、今後の医療を予測するうえで、欠くことのできないテーマである。この2つの観点から斯界の第一人者が語るのが『医の希望』だ。


 前半部分の〈革新技術を医に活用する〉では、HALの開発で知られる筑波大学教授でサイバーダイン社の山海嘉之CEOやiPS細胞で知られる山中伸弥・京都大学再生医科学研究所教授らが、最新の知見や今後の展開を予想する。


 宮野悟・東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長のインタビューは、「近い将来、AI抜きの医療は考えられなくなる」ことを示唆する内容だ。


 日本では医療の世界にAIを用いることは遅れているが、すでにIBMの〈ワトソンに限らずAIによる医療支援は日本を除いて世界中で普及しつつあります〉という。日々新たな知見が加わっており、膨大な論文をひとりの人間が読み込むのは難しいだけではない。


 例えば、画像診断の情報は増える一方だが、〈画像認識については、AIは深層学習(ディープ・ラーニング)が得意なので、内視鏡検査などの際の画像診断支援に使えば、見落としは少なくなる〉。訴訟リスクの観点からも、〈「見落としていました」と弁解しないで済むように、AIの導入は欠かせ〉ない状況は生まれてくる。


〈「AIを使わない医師に患者が来るのか」という時代が近い〉のだ。


 これからは、医療のイノベーションに医師以外の専門家の力が不可欠なのだろう。前半部分の〈革新技術を医に活用する〉の筆者4人のうち、医師免許を持つのは山中伸弥教授だけである。


 山海教授は制御・システム工学の専門家で、宮野教授はもともと数学者だ。ナノバイオデバイスを研究する馬場喜信・名古屋大学大学院工学研究科教授の専門は分析化学。昨今、医療とICTで新たな価値を生み出す「ヘルステック」という言葉が注目されているが、ICTだけではなく、より広い範囲の科学が融合していくのが未来の医療の姿なのである。


■認知症予防には既存薬より運動

 

 どんなに医療技術が進歩しても、多くの人々が使えるシステムがなければ“宝の持ち腐れ”だ。〈日本の医療システムのゆくえ〉は、さまざまな角度から日本の医療システムの未来を占う。


 監修者である齋藤英彦・名古屋大学名誉教授が自ら筆をとったのが〈社会と共生し、希望を与える医療〉。骨髄移植が定着するまでの試行錯誤の過程は、骨髄バンクの設立をはじめ、まさにシステムづくり。再生医療ほか、新しい医療を普及させるうえでさまざまな課題を解決していく際の先行事例となるだろう。


 根本的な治療法が見つからない病気でも、システムで状況を改善することができる。認知症はその筆頭だろう。つい先日も、大手製薬会社が開発していたアルツハイマー型認知症治療薬が第3相試験を中止するなど、画期的な新薬・治療という意味では、10年前から状況はほとんど変わっていない。


 鳥羽研二・国立長寿医療研究センター前理事長は、多様なアプローチで認知症に対処することを提言する。例えば運動。海外の教科書では、〈運動の予防効果は既存の認知症薬よりも上にランクされて〉いるという。


 病気の改善だけではない。認知症で料理や服薬ができなくなるのなら、配食サービスを充実させたり、〈料理支援ロボットや服薬見守り型ロボット〉などサービスや技術に頼る手もあるだろう。


 愛知県大府市では、〈認知症にやさしい地域づくり〉を始めている。医療や福祉のプロだけでなく、〈生活が不自由になる人たちを支援するために、宅配業者や新聞販売店、タクシー、電気、ガス、水道から、銀行、スーパー、コンビニ、生協、警察(交番)、消防などの連携、ネットワークを構築〉するという。


「誰もが関わる」。それこそが“医の希望”であり、新たな健康モデルなのかもしれない。(鎌)


<書籍データ>

医の希望

齋藤英彦編(岩波新書840円+税)

0コメント

  • 1000 / 1000