黄蓮:気になる生薬

 2月は新暦では節分で始まる。節分の頃は京都ではしばしば雪が降り、最も暗くて寒い時分であるが、それと同時によく言われるのは、そこから気温が上昇し始め春に向かう節目であるので、期待感があるということである。なるほどと思うものの、霜柱だらけ、あるいは真っ白に雪をかぶった園を見ながら、「自然の季節に合っているのは旧暦のほうやし……」と独りごちたりする。


 この時分の薬用植物園は最も殺風景で、常緑樹の緑の葉の色も沈んで寒さをなんとかやり過ごそうとしているかのようである。近づくと、マンサクやミツマタの日当たりのいい枝先は、堅そうに見えた蕾があちこちで少しほころんで黄色い花弁をちらりと覗かせている。年末まではあったはずの、ナンテンやサンシュユの実は鳥たちが綺麗に食べてしまって無くなっており、彩りを添えるものが何もない。


 しかし、地表面に眼を凝らすと、いわゆる雑草の小さなロゼット型の個体が実はたくさんひしめいている。増えてほしい薬用植物のそれも混じってはいるが、何故かいつも増えてほしくはない種類のものの方が圧倒的に多い。暖冬が声高に言われるようになったとはいえ、盆地で底冷えする京都の気温は氷点下になることもしばしばあるのだが、節分の時節に地表に広がるロゼットの数は確実にそして格段に多くなった。その地表面にへばりついているような褪せた感じの緑の中に、いつの間に、と言いたくなるような、オウレンの株が花茎を伸ばそうと勢いを溜めている姿を見つけたりする。

 オウレンの花はとても小さく、いわゆる花びらは細くて白く、目立たない。写真を撮ろうと頑張っても、なかなか綺麗な姿に写ってくれない植物のひとつである。花びらが小さめなので、なかほどの雄しべと雌しべがよく見えるのだが、写真を撮りながらある時、あららと不思議に思って調べたことがある。

 フイルムカメラの時代には、花の写真を撮る際には雄しべか雌しべの突先にピントを合わせて撮影しなさいと習った癖で、今のデジカメやスマホの写真機能は勝手に全体にピントを合わせてくれると知りながら、花の撮影時にはどうしても雄しべと雌しべの先に注目してしまう。それで気づいたことは、オウレンの花には雄しべだけのもの、雌しべだけのもの、両方あるもの、これらが混在しているようだということである。

 気になり始めると面白くなって、オウレンの花を見かけると雄しべと雌しべをチェックしてしまう。すると、これは植物にはしばしば見かけられる現象のようだが、雄しべと雌しべ両方が揃う花のついた花茎は太いが、雄しべだけしかない花の茎は前者に比べるとかなり華奢なのである。オウレンの仲間には、薬用部位の地下部が貧弱で生薬には利用されない種類のものもあり、山野草として観賞用にされるものもあるが、観賞用であっても雄しべと雌しべの状況は同じらしい。

 花が終わってタネが大きくなり始めると、タネが入ったいわゆるさやが太り車輪のスポーク状にくっついて傘のようになる。さやの先は口が開いていて、中で育つタネが熟して胎座から外れると、花茎が風で揺れたりする度に周りにタネがこぼれるという仕組みらしい。オウレンの花が咲いている間はまだまだ寒い時期なので、あまり外で作業することもなく、少し暖かくなってから園に出て、タネ熟成中の傘を見つけることが多い。

 生薬として使うオウレンの地下部は黄色で節の多い太い紐のような根茎にたくさん細い根が生えている。断面は非常に鮮やかな橙黄色で、舐めると非常に苦い。苦味の元はベルベリンという化合物やその類縁体で、強い抗菌活性がある。この抗菌活性を期待して昔ながらの家庭薬にもしばしば配合されている。他方、漢方処方に配合される場合には、抗菌活性による効果ももちろん期待されるが、それよりも異常な熱をとったり、駆瘀血(くおけつ:漢方で使う概念の気・血・水(き・けつ・すい)のうちの血がうまく巡らずに滞った状態のこと)作用を助けたりする効果をより強く期待する場合が多いようである。生薬の薬効は、単に一番多く含まれる成分で議論するわけにはいかないのである。


 黄蓮は生薬として出荷できるようになるまでにかなりの年数を要するうえに、1株の植物から得られる根茎はわずか数グラム程度であることが多く、高価な生薬である。かつては日本でも植林した山の斜面などを利用して作られていたが、栽培農家の高齢化が進み、近年生産量はすっかり減ってしまった。栽培技術が絶滅してしまわないか、少々気になる生薬のひとつである。


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伊藤美千穂(いとうみちほ) 1969年大阪生まれ。京都大学大学院薬学研究科准教授。専門は生薬学・薬用植物学。18歳で京都大学に入学して以来、1年弱の米国留学期間を除けばずっと京都大学にいるが、研究手法のひとつにフィールドワークをとりいれており、途上国から先進国まで海外経験は豊富。大学での教育・研究の傍ら厚生労働省、内閣府やPMDAの各種委員、日本学術会議連携会員としての活動、WHOやISOの国際会議出席なども多い。

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