〔鵜の目鷹の目〕すべてはマクロンから始まった

 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長の保釈請求は次々に却下され、勾留が続いている。当初、フランスを中心に欧米のマスコミから予審がない、釈放しない、取り調べに弁護士を立ち会わせない、拘置所の部屋は狭く、トイレも丸見え、風呂(シャワーのことだろう)もなければ冷暖房もない……等々、日本の捜査や勾留制度を前近代的で後進国のままだ、と批判があふれた。


 確かに勾留中はまだ被疑者だから、まぁせめて冷暖房くらいは付けるべきだろう。費用がないというのなら、安倍晋三首相が海外に出掛けては数百億円の援助をしているから、1回程度、外国訪問を取りやめれば、冷暖房費用くらい捻出できる。


 だが、それ以外には欧米と日本とでの宗教観、慣習の違いもある。例えば風呂については、風呂ないしシャワーを用意すれば、当然バスタオルも必要になる。長さのあるバスタオルは要注意品だ。日本人の間では罪を自覚した場合や不名誉と感じた場合、自殺する可能性がある。自殺することですべてを清算するという発想がある。防止に励んでも、時たま自殺事件が起こることさえある。自殺を禁じているキリスト教社会とは宗教観が異なる。といってゴーン前会長だけを特別扱いしたら平等、公平に反する。予審制度についても欧米の予審判事は日本でいえば、裁判官と検察官の中間というか、検察に近い……。


 なのに、こうした観点は一切、論じられていない。なかでも最も不思議なのは日本の勾留制度ばかりに批判が集中し、肝心のゴーン前会長の容疑内容が事実なのかどうかが、まったく論じられていないことだ。日本のマスメディアも欧米の批判を取り上げるばかりで、「欧米ではなぜ、ゴーン前会長の容疑について論じないのか」と欧米マスコミに問い掛けないのか不思議だ。


 ついでに言えば、弁護士立会いの聴取問題で、終戦後に起こった「ベルメルシュ事件」を思い出した。東京・清瀬市のカソリック教会のベルメルシュ神父が信者の日本人女性と関係を持ち、女性が妊娠したことから殺害、死体遺棄した事件だ。当時、警視庁は死体遺棄現場に残されたタイヤ痕からベルメルシュ神父の車であることを確定し、2人が歩いていた目撃証言などから、ベルメルシュ神父を容疑者と特定、事情聴取したが、弁護士立会いを求められた。


 聴取ではベルメルシュ神父は「日本語がわかりません」といっては辞書をペラペラめくって時間稼ぎを行い、立ち会った弁護士は質問に異議を唱え、真相究明が進まなかった。そればかりか、教会の有力信者を通して政治家に働きかけ、捜査に圧力をかけたと言われている。そのうえ、捜査中にベルメルシュ神父は出国。犯人を特定しながらうやむやにされてしまった。


 事件から数十年後、カナダの教会で神父を続けているベルメルシュ神父を取材した時、彼は事件について問われても「知りませーん」と押し通した。このベルメルシュ事件は松本清張が小説として描いたから知っている人も多いはずだ。


 欧米の論理は論理として聞いても、過去にこうした事件があったことや宗教観の違いなどを説明してもいいはずではなかろうか。後は欧米メディア自身が判断すればいいことだ。


 それにしても、次々にゴーン前会長の不祥事が出てくるものだ。漏れ出てくる内容を聞くと、ゴーン前会長はまるでカネの亡者のようだ。かつて娘がアメリカの大学に入学した時、日産関係者からゴーン会長は年の半分はアメリカで過ごす、娘の入学金や自宅などを日産が支出しているようだ、という話は聞いたことがあるが、アメリカだけでなく、ベイルート、ブラジルに自宅など日産のカネを独り占めしていたのではないかとさえ思える。こうした一連の収賄は内部告発だから、ほぼ事実だろうが、本人だけでなく、家族にも巨額のカネを日産から出させて、一体、どう使うのか、貧乏人は心配になる。


 このゴーン事件の発端はフランスのマクロン大統領に起因していると言える。日産だけを見ていてはわからないが、フランスの経済・政治の動きを重ね合わせれば、発端が見えてくる。


 周知のようにフランスの経済は悪化している。高所得者の税金を引き下げ、ガソリン税を引き上げたから、全土で「黄色のベスト運動」という大規模なデモが起こった。マクロン大統領はガソリン税の引き上げを保留したが、今度はガソリン税で見込んだ税収の確保に追われている。国内ではEU内の賃金の低い国から農産物が急増し、農民が不満を持っているし、製造業ではリストラが起こり失業率は増加。マクロン大統領の支持率は急落している。


 今までもルノーの工場で日産車を生産しているが、マクロン大統領は手っ取り早い雇用の増加策としてルノー工場での日産車の生産を増やすよう要求。それがゴーン会長にルノーCEOを継続させる交換条件にしている。


 ルノーの車は主にヨーロッパでしか売れなくなっている。それに比べ、日産車はアメリカでも中国でも売れる。電気自動車は言うまでもなく、技術は日産のほうが上だ。フランスのマスメディアも「政府とルノーは日産の売り上げと技術を手放したくない」と報道している。いわば、ルノーが日産車を生産し、日産が売ればルノーも大株主のフランス政府も潤う。だいいち、ルノーの雇用が増え、マクロン大統領の支持率が上がる、という目論見だ。そのために必要なのがルノーと日産の合併か、合併に近い完全子会社化だ。


 それに困るのが日産のなかでゴーン前会長個人への「特別報酬」を行っていた人たちだ。ルノーに子会社化され、ルノーから日産の社内検査が入ったら、ゴーン前会長が指示するままカネを支出していたことが明るみに出てしまう。ルノーのトップでもあるゴーン前会長はルノーに必要な人物だから見逃されるだろうが、指示に従って支出していた幹部は刑務所に放り込まれるかもしれない。その不安から内部告発が起こったと言える。


 裁判で真実が出てくるだろうが、アメリカの企業犯罪でも政治事件でもほとんどが内部告発、司法取引での証言通りだったことからも、内部告発の中身はほぼ事実だろう。犯罪になるかどうかは裁判で検察側と弁護士側との攻防次第だ。


 だが、真相はともかく、事件そのものはマクロン大統領の安直な失業対策が引き起こしたものだと言える。だからこそ、フランス政府がルノーの大株主の立場を利用して執拗に日産の経営に介入しているのだ。資本主義、民主主義の世界では大株主と言っても政府は民間企業の経営に介入すべきではない。まして日産はルノーの子会社である。日本の経済産業大臣が「連携が大事」などと応じているから、マクロン大統領の思う壺だ。逆に介入に釘をさしてこそ、世界で経産省の存在感は増す。言うべきことを言うのが真の親友なのに情けない限りである。(常)

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