〔鵜の目鷹の目〕かんぽ保険不祥事の根っこ

 参議院選挙前の新聞紙面を賑わせた事件のひとつが「かんぽ保険」の不適切販売だ。かんぽ生命保険の販売ノルマと報奨金目当てに契約者に新保険へ切り替えさせた際、保険料を二重払いさせたり、新保険の契約時期をこっそり遅らせて数ヵ月間、無保険状態にしたりしたという身勝手な販売商法である。


 開いた口がふさがらないとはこのことだが、当初、かんぽ生命も日本郵便も否定したことが火に油を注いだ。以前にも日本郵政グループでは年賀葉書の販売で職員にノルマを課し、目標達成できない社員が自腹で年賀葉書を購入する“自腹営業”事件が起こったこともあるが、構造的には同じようなノルマ営業の結果だろう。この根は小泉内閣で行われた郵政民営化がもたらしたとも言える。


 そもそも郵政民営化は“第2の国家予算”といわれた財政投融資問題にある。当時、郵貯資金350兆円と簡保資金200兆円のうち、自主運用10%を除く、90%が財務省に預けられ、国会の審議なしに財務省が自由に道路建設や橋の建設などに使っていた問題である。


 この財投には批判が強かったが、政府は改革に手をつけようとはしなかった。このとき、自民党の中で唯一、批判していたのが小泉純一郎議員で、彼は「郵政民営化」を叫んだ。郵政事業を民営化してしまえば、財務省は勝手に財投に使えなくなる、という主張だった。確かに郵政を民営化してしまえば、民間会社の資金になるので、財務省は自由に使えなくなる。しかも、財投をクダクダ説明する必要もなく、わかりやすい。キャッチフレーズ好きのマスコミが飛びついたのは言うまでもない。


 だが、問題はこの後だ。財投批判の世論に押されて、郵貯と簡保資金の自主運用は徐々に拡大され、小泉内閣が成立したときには、自主運用は100%に拡大。道路公団や住宅公団などの政府系機関は財投債、あるいは財投機関債を発行して資金を市場から調達することになり、財投問題は解消。郵政民営化する必要もなくなっていたはずだった。


 ところが、小泉首相は郵政民営化の旗を降ろさなかった。米政府から巨大な郵貯資金を問題視されたということもあるが、竹中平蔵総務相(当時)の下で郵政事業を公社にし、さらに持株会社の日本郵政株式会社の傘下に郵便事業会社、ゆうちょ銀行、かんぽ生命を置く形で民営化された。


 このとき、郵政民営化の模範とされたのがドイツとイギリスの郵政民営化だ。だが、あらゆる事業が民間で行われ、“資本主義のメッカ”になっているアメリカでは当時も今も郵便事業は公社で運営されているが、どういうわけか決して模範として挙げられることはなかった。アメリカの郵政公社がメールの普及で赤字になり、連邦予算から穴埋めされていたからかもしれない。


 実は民営化されたイギリスでは赤字が続き、国家予算で穴埋めしているし、ドイツでも当初こそ効率化されたものの、その後、国際宅配会社のDHLを買収して赤字の補填に四苦八苦している。日本でも郵便事業は赤字だったが、郵貯と簡保の利益で支えていた。


 ともかく、小泉首相は100%自主運用で民営化する意味がなくなっていたにもかかわらず、今度は「郵政民営化で国家公務員26万人を減らした」と成果を強調した。だが、これは妙な理屈だ。確かに国家公務員は26万人が減ったが、もともと日本の郵政事業は独立採算制になっていて、一般会計から支出していない。身分が国家公務員か会社員かの違いだけに過ぎない。


 こうして昨日まで国家公務員だった職員が会社員になり、「効率化しろ、売上げを上げろ、利益を出せ」と、ハッパをかけられたのだから、郵便会社もかんぽ生命でも、トップからノルマが課せられ、ノルマを達成できない現場の社員は“自爆営業”をするか、契約者を誤魔化してノルマと成功報酬を達成するしかない。


 かつて、速達郵便を配達した郵便局員が「年賀葉書を買ってくれませんか」と言うので、印刷を頼んだからと答えると、郵便局員は弱々しく「そうでしょうね」と引き下がった。よくいえば真面目と言えるが、民間企業の強引な、あるいは言葉巧みに買わせてしまう営業経験がない郵便局員が急に民間会社の社員になってしまったのだから、そうそう上手く行くはずがない。


 武家の商法と同様、今回の「かんぽ保険不適切販売」も元は上から下まで民間企業の経験がない公務員が民間会社の社員になったために起こった不祥事ではなかろうか。(常)

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