『週刊誌のツボ』 ★「留飲を下げるだけ」は危険

 日韓摩擦がひどい状態になっている。日本国内でもこの問題への立場は深く分断され、中途半端な意見は左右双方から叩かれるが、私自身は韓国政府による“ゴールポストをずらし続ける歴史清算要求”にげんなりしながらも、歴史上の非は非として認識し、そのうえで「謝罪・補償問題は決着済み」という説明を丁寧に重ねる以外にないと思っている。短期的には何の解決にもならないが、肝心なことは“日本は礼節を保っている”という“第三者からの印象”、国際社会でのイメージを最重視することだ。遠回りでも、そんなイメージで彼の国を包囲することこそ、ゆくゆくはその姿勢をトーンダウンさせるはずだ。


 敢えてたとえるなら、車で人身事故を起こしてしまった後、相手家族のひとりからべらぼうな補償を求められたケースを想起してほしい。飲酒運転など身に覚えのない罪科まで“上乗せ”され、口汚く罵倒されたとする。この場合、「常識人としての真っ当な対応」は、先方の口の悪さにはひたすら耐え、それでも適正額を越えた補償はできない旨、丁寧に伝えることだろう。飲酒運転など事実無根の言いがかりも淡々と否定する。これに対し、最悪の対応は、相手からの罵倒に罵倒で返す逆ギレだ。世間の目に対立は「どっちもどっちの醜悪ないがみ合い」としか映らなくなってしまう。


 残念ながら現在の日韓関係は、第三国の目にそう映っている可能性がある。韓国語、日本語のネットを見渡せば、間違いなく「どっちもどっちの泥仕合」だ。嫌韓の人は嫌韓で構わないが、その憎悪を書き散らして留飲を下げても、“国益上”その行為はマイナスにしか働かない。政府見解をも逸脱し、慰安婦問題を全否定するような歴史改竄は論外である。


 韓国サイドの最大の問題は、日本側の主張や日本国民の鬱屈が現地マスコミでほとんど伝わってこなかったことだ。「妄言・暴言」と結論付けるにせよ、とりあえず「日本の言い分」を常にひと通り書き、そのうえで否定する形にしてもらう。そんな報道姿勢の改革が実現したならば、韓国国内で必ずやその解釈をめぐる議論が生まれるだろう。先方のそういった転換につながる“危機感”を生むために、何らかの“ショック療法”はどこかで必要だったように思う。ただ、今回の「ホワイト国外し」がそういった流れにつながるかは、いささか疑問が湧く。


「徴用工問題とは無関係、あくまでも安全保障上の問題」と政府は主張して、テレビに出演する元官僚のコメンテーターもそう言い張っている。だがこの措置の発表直後には、政府与党から「報復」のニュアンスが露骨に語られたし、首相の事後的な発言にも徴用工問題とのリンクが仄めかされていた。「ホワイト国問題」に限った具体的解決への道筋は一切明かされない。ここで思い出されるのは、民主党時代に尖閣で中国漁船の拿捕事件が起き、すぐさま中国が複数の日本人をスパイとして逮捕したことだ。いくら別問題と言いつくろったところで、あの逮捕は「見せしめ」でしかなかった。今回の日本の措置も、結局はこの手の対応として国外では報じられている。


 まぁ、「見せしめ」は相手に意図が伝わって初めて見せしめになるので、これはこれでいいのかもしれない。ただ、気持ち悪いのはテレビ番組での説明が大本営発表のように“建て前一色”になっていることだ。その点、今週の週刊文春は『「韓国とは徹底的に白黒つけろ」安倍vs.文在寅』と、クールに内実を報じている。週刊誌報道の多くがいつも通り嫌韓を煽って売上げを狙うなか、一歩引いたこのスタンスには好感が持てる。それにしても安倍首相が「力による決着」を好むことは、沖縄問題への対応でも明らかだが、その判断は果たしてあらゆる展開をシミュレートしてのものなのか。国会答弁などに見る批判への激高ぶりを鑑みると、どうしても不安が湧く。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。

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