【読書子】医師の働き方改革で体制崩壊⁉ 『救急車が来なくなる日』

 数年に1度は大きく報じられる、救急患者の“たらい回し”と患者の死。その都度、医療機関や行政には批判が集まり対策が講じられるが、それでも似たような問題は繰り返す。こうした救命救急医療が抱える問題に迫るのが、『救急車が来なくなる日』である。


 近年、救急出動件数と搬送される人の数は毎年のように過去最多を更新している。1997年の出動件数は347万6000件。これが、2017年には634万5000件まで膨れ上がっている。その原因は明らかで、高齢化によるものだ。東京消防庁の調べによると、搬送人員のうち、75歳以上が飛躍的に増加したという。


 一方、飲酒運転の取り締まりの強化・厳罰化や、自動車の安全性が高まったことなど、複合的な要因で交通事故は激減した。〈救急搬送のうち交通事後が占める割合は、平成元年には二四・三%だったが、平成の終わり、二十九年には七・六%となっている〉。


 救急搬送される人々の状況が変わることで、救急救命センターの役割も変わった。交通事故などの「外傷」から、心筋梗塞やくも膜下出血など「疾病」への対応のウエイトが大きくなったのだ。〈具体的には、心肺停止状態にある患者に対して、人工呼吸や心臓マッサージ、電気ショックなどを与えて蘇らせる 「心肺蘇生」の措置が柱になっていく〉。


 増える一方の救命救急ニーズだが、それを支える医療の体制は“綱渡り”とも呼べる危ういものだ。救急の専門医がいない病院では、たまたま当直勤務していた医師が専門外の患者を診ざるを得ない事態も生じる。救急を担当しながら、他の診療科と兼務するなどして、48時間勤務といった過酷な状態にさらされている医師も珍しくない。まさに〈医師の過重労働に甘えた制度〉なのである。


■医師が治療に専念できる湘南鎌倉病院


 人的資源や財政的な制約があるなかでも、医療の質を維持しようと救急の現場では、工夫を凝らしている。本書で紹介されている東京消防庁の取り組みもそのひとつ。2016年から、救急隊の現場到着時間を短縮するため、時間帯によって救急隊の待機場所を変更したのだ。


〈たとえば、日中の時間帯は救急要請が多い「東京駅エリア」に、夜間は深夜まで多数の人が集まる「新宿エリア」に救急隊を待機させている。その結果、東京駅は新宿エリアに限れば〇・八分~一・八分の短縮効果が得られた〉という。

 

 たかだか1~2分でと思うかもしれないが、心肺停止者の蘇生では、このわずかな時間が大きな影響を与える。東京消防庁全体では2017年が前年比11秒、2018年は同7秒だったというから、まだ工夫の余地はありそうだ。


 救急車からの連絡を医師や看護師ではなく、救急救命士が受ける湘南鎌倉総合病院のシステムは非常に興味深かった。救急患者の受け入れや、転院の調整業務といった部分を救急救命士が担うことで、〈救急医が治療に専念できる仕組み〉だ。


 この病院が、基本的にすべての患者を受け入れる前提だからこそ、運用できるシステム(=医師が受け入れの可否を判断しなくてよい)だが、通常、5000人程度とされる救急病院の患者受け入れ数の倍以上、1万3000人の患者を受け入れているという。少し前に知人の家族がこの病院に搬送されたが、受け入れから診察、待っている時間、深夜の退院(大きな異常が認められず即日退院)まで、「極めて機能的な病院だった」と感想を述べていた。


 高齢化の進展、医師の偏在、財源の不足等々、救命救急医療にとってのリスクは多々あるが、直近で大きな脅威となりそうなのが、医師の“働き方改革”だろう。


〈通常の医療機関の勤務医は、一般労働者の過労死レベルと同じ年九百六十時間。しかし、驚くべきことに、救急などの地域医療を担う病院の勤務医は、二〇三五年度までの特例で年一千八百六十時間とした〉という。今はそれを超えているレベルで働いていることの証左だが、〈すべての病院が働き方改革に合わせて医師の勤務時間を減らせば、救急車難民が出る〉可能性は高い。


 本書には、救急体制を維持・向上させるための、さまざまな“処方箋”が紹介されているが、すべての患者を救急専門医が診療する「ER型」の救急システムは有効に機能しそうな印象を受けた。


 本書で紹介された方法以外にも、開業医の活用、都市部への高齢者の移住促進、ICTの活用等々、試してみる価値のある手法は数多くありそうである。例えば、著者が無償を推す救急車にしても、負担能力のある人を有償にするなど、財政の負担を抑えつつ、機能を維持するような制度設計も検討できそうだ。


 現実を考慮して、勤務医の働き方改革に猶予期間を設けたものの、すでに勤務医の労働条件は危機的な状況にある。救急医療の質を担保するうえでも、救急医療体制の早めの改善に期待したい。(鎌)


<書籍データ>

救急車が来なくなる日

笹井恵理子著(NHK出版800円+税)

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